バリ ヒンドゥーの
花と儀式と意匠を楽しむ
色とりどりの花かご、白と黒のチェック柄の布、細い竹でできた優雅なのぼりなど。バリ島を訪れると、そこかしこで、ふと目にとまる意匠があります。そうした特徴的な意匠や色は、バリ独特の宗教であるバリ ヒンドゥーに基づくもの。その呼び名や意味合いを知っておくと、バリ島についてより深い知見を得られ、旅の満足度も深まるはずです。
花かごチャナンに込められた奥深い意味
レストランやカフェで、ホテルのレセプションや庭で、バリ島にいると至る所に、小さな花かごが置かれていることに気がつきます。この花かごは、チャナンと呼ばれるお供え。バナナや椰子の葉で、手に乗るほどの小さな四角い皿を作り、中には、色とりどりの花とパンダン・ハルムと呼ばれる緑色の細い草、お菓子やごはんなど、そして、ポロサンが入っています。ポロサンは、キンマの葉、石灰、小さく切った果物をまとめて木の葉で包んだもので、ヒンドゥーの三大神であるシバ、ウィシュヌ、ブラフマを表すとされます。また、お供えの方向を示すためにもチャナンには必ず入れなくてはならないものです。
イスラム教徒が多いインドネシアの中で、バリ島はその人口の約9割がバリ ヒンドゥーを信仰している独特な島。昔から土着の精霊信仰に、インドのヒンドゥー教や仏教が融合して、独自のバリ ヒンドゥー教が発達してきました。
バリ ヒンドゥーでは、神々はいたるところに宿っているとされ、多様で多彩な供物が多くの神様に捧げられます。なかでも、このチャナンは、最も基本的かつ日常的なもの。家のお寺で、祠で、玄関で、火を使うコンロや冷蔵庫、さらには車やバイクなどにまで。バリ人は、チャナンを毎日供え、聖水をふりかけ、線香を供えて、神々や祖先の霊に、日々の無事をお祈りします。
玄関先や路上に置かれているチャナンは、悪霊に捧げられたもの。どうぞ悪さをしないでください、という祈りが込められているのだそうです。バリ島には、チャナンの数ほど、人々の祈りがあるというわけです。
白と黒の布はバリの世界観を表す
ホテルの飾りやレストランのテーブルクロスなどに、白と黒のチェック柄の布が用いられていることがあります。寺院にある石像や祠などには、腰巻のようにぐるりと巻かれています。ケチャックダンスの男性ダンサー達が腰布として身につけている布も、白黒チェックです。
この一見、モダンに見える白黒の布は、ポレンと呼ばれています。バリ ヒンドゥー教において、白は神聖を、黒は破壊的なパワーを、また、白は善を、黒は悪を表しているのだとか。聖と邪、生と死、背反する二つがバランスよく共存し維持されてこそ、世界の調和がとれる、という二元論がバリ ヒンドゥーの教え。白と黒とが混じり合うポレンは、このバリの世界観を象徴しています。
そんな聖なる意味合いの布をテーブルクロスやソファのクッションなどに使っていいのだろうか?と、思うこともありますが、バリ人はあまり気にしてはいない様子。バリ ヒンドゥーが日々の習慣に浸透しているため、特別に崇めるばかりではなくて、暮らしに結びついていることは当たり前なのだそう。
バリ島観光で観ることの多いバロンダンスは、善と悪の果てしない戦いが続く舞踊です。これも、ポレンと同じように二元論の世界観を解いています。チャナンを神様だけではなく悪霊にお供えするのも、同じ理由からです。
その二元論は、土地の考え方にまで及んでいます。バリ島で用いられる基本的な方位は、カジャとクロッド。山の方向(カジャ)が、神聖な方向で、海の方向(クロッド)は不浄の方向とされます。山には祖先の霊があり、海は悪魔がいるとされているからです。これは、命を維持するために必要な清らかな水が山から流れ、人が使用した水が海に流れ込んで行くからなのかもしれません。
神さまも人ももてなす竹飾りペンジョール
島内の寺院やホテルのエントランスでも、竹に椰子の葉の飾りなどをつけた、日本の七夕飾りにも似た竹飾りを目にすることがよくあります。この竹飾りは、ペンジョールと呼ばれるもので、やはりバリ ヒンドゥーの祭礼に関連しています。
バリ島には年間を通してたくさんの祭礼がありますが、日本のお盆にあたるのがガルンガンです。ガルンガンは210日に一度訪れる祭礼日で、この日には、祖先の霊や神々が各家々に降り立つとされています。その際、祖先の霊や神々が間違ったところに降りないように、我が家の目印として家の門に掲げるのが、ペンジョール。ガルンガンのときには、村の道の両側に、美しいアーチを作るたくさんの凝ったペンジョールが並び、風にゆらりと揺れる様子は、なんとも優雅。
最近では、イベントの時や、観光客をもてなすためにもペンジョールが用いられています。それぞれに趣向を凝らした飾り付けで、訪れる人をウェルカムしてくれるペンジョールは、ちょっと嬉しくなるバリ島での習慣です。
文 : 坪田三千代 (Michiyo Tsubota)
写真: 高嶋ちぐさ (★印は坪田三千代)