アンコール時代から続く象と人間の関係
古代より東南アジアの人々にとって、象は身近な存在であり、カンボジアにおいても象は人々の生活、宗教、戦争などの場面で密接に結びついていました。しかし近代化とともに象と人間との関わりも変化していきます。時代に合わせて変わってきた象と人間との関係を、現在のシェムリアップでの象の暮らしとともに紹介します。
象は大きく分けると「アフリカゾウ」と「アジアゾウ」の二種類が存在します。陸上最大の野生動物とも言われ、カンボジアに生息しているのはアジアゾウです。比較的温厚で人に慣れやすいため、アジアの国々では古くからアジアゾウを飼いならし共に生きてきました。
アンコール時代、アンコール王朝ではヒンドゥー教と仏教が信仰されていました。ヒンドゥー教において象は神であり神聖な存在でした。仏教においても釈迦の母が懐胎したときは白い象が現れたと言われており特別な存在でした。そのため、象の姿はアンコール遺跡のレリーフや彫像に多く残されています。レリーフには当時の象の様子が彫られており、荷物の運搬や、戦いに駆り出されている様子なども描かれています。
近代に入ると、町は大きくなり、開拓が進みます。象の住処だった森は森林伐採や開拓などで失われ、機械化が進んだことで、作業目的での象の利用は少なくなってきました。その後、アンコール遺跡エリアでは観光客用の象たちが登場しました。
象は観光客を乗せ、遺跡から遺跡への移動、山の上り下りを担うようになりました。動物園でしか見られない巨大な生き物と間近で触れ合える、そして乗ることができるという体験は観光客にとても人気のアトラクションとなりました。
それから約20年が経ち、象との関係が再び見直されてきました。自然環境から離れた飼育環境や、人を乗せることが象にとって負担であるとされ、自然に近い環境での象と人間との共生を考えた結果、観光客向けの象乗りサービスは終了となりました。そして、象たちは観光地から約35km離れたクーレン・エレファント・フォレストで暮らすことになりました。現在、象たちが暮らすクーレン・エレファント・フォレストはシェムリアップのクーレン山の麓、ボストムコミュニティにあります。445ヘクタールの保護林で、車が進むのもやっとの森の中に象たちの楽園があります。
この森で暮らすのはアンコール遺跡を訪れる観光客を楽しませていた13頭で、メス象11頭とオス象2頭です。観光施設にいたときは人の手で収穫された食べ物を与えられるだけでしたが、今では森に生える草木やバナナ、サトウキビなどを自力で探します。暑い日には池で水浴びをし、森に入る前には自分の体に砂をかけ皮膚を守ります。森の中を自由に散策し、野生の象とほぼ同じ環境で生活しています。いずれは繁殖も検討されており、象の年齢や近親でないかを考慮しながら進められる予定です。
現在、カンボジアでは約75頭の象が飼育下にあるといわれており、クーレン・エレファント・フォレストの取り組みにより、それらの象の生活環境を変えるきっかけになるのではないかと考えられています。他のアジアの国々では宗教行事や観光のために、適した環境とは言えない状況で動物が飼育、利用されているところもあります。そんな中、いち早く観光用としての使役をやめ象たちを自然に近い環境へ戻した良い例でもあります。この取り組みを継続、成功させるためには象たちの生態や必要な環境について理解する必要があります。
そのためにクーレン・エレファント・フォレストでは象の日常生活を一緒に過ごせる体験ツアーなども行っています。おやつを楽しむ象を見たり、象と一緒に3キロほどの森林散歩を楽しんだりしながら、ガイドから象についての説明を聞いて知識を深めることができます。穏やかで大きな象と自然の中で過ごす時間は、一生忘れられない体験となるでしょう。
古代から人のために働き、人間と時代に翻弄されてきた象たちに今、自然な環境での人との共生の道が開かれています。クーレン・エレファント・フォレストの象たちは人と象との関係の変化の生きた証でもあります。そんな特別な体験をするために、カンボジアへ訪問してもいいかもしれません。
文・写真: クロマーツアーズ