自然に癒されるアジアンスパの歴史と現在

インドネシアでは花のお清めやマッサージ、フィリピンではヒロット、タイではハーブを用いたスチームバスなど、古くから民間療法が伝えられてきたアジア各国。アジアのスパでは、そうした療法をベースに西洋の知見や技術がプラスされて、さまざまなヒーリング術やトリートメントが発達してきました。その歴史と、最新の話題のトリートメントをかいつまんでご紹介しましょう。

2023.09.26

心身を浄化するための水と花

 東南アジア各国でさまざまな癒しの施術が行われ、旅先での楽しみの一つとなっているスパ。アジアのスパトリートメントの大きな特徴は、それぞれの国の民間療法から着想を得ていることです。

 インドネシアのジャワ島では、17世紀ごろから王宮を中心にして、美と健康のためのさまざまな施術が実践されていました。代表的なものが黄色いペースト状の「ルルール」。肌の角質を取り滑らかにする、いわばスクラブ剤です。

ルルールのペーストでやさしく全身をスクラブして、肌を整える。バリ島の「フォーシーズンズ バリ アット サヤン」のスパにて。
ルルールのペーストでやさしく全身をスクラブして、肌を整える。バリ島の「フォーシーズンズ バリ アット サヤン」のスパにて。

「ルルール」は、秋ウコンの一種であるターメリックを米の粉と一緒にすり鉢ですりつぶし、サンダルウッドを加えてさらに細かく引き、ジャスミンオイルを数滴加えて香りをつけて、さらに水を加えたもの。ルルールで全身をスクラブした後は、保湿のためにヨーグルトを全身に塗って仕上げます。今でも、ジャワ島ではブライダルエステとして「ルルール」が用いられています。

 また、インドネシアには、さまざまな植物を用いた民間療法薬「ジャムウ」が伝えられています。植物の根、葉、茎などをすりつぶしたり煎じたりして、体の不調を整え、健康に導く飲料や薬に仕上げたものです。トリートメントの前後に、この「ジャムウ」を提供するスパもあります。

「星のやバリ」のスパでは、ジンジャーやターメリックなどをミックスしたジャムウを、施術の後に提供。★
「星のやバリ」のスパでは、ジンジャーやターメリックなどをミックスしたジャムウを、施術の後に提供。★

 ジャワ島では、古くから、結婚式の前に、お清めとして花嫁に花びらをちりばめた聖水を振りかける儀式が行われていました。バリ島でも、大切な儀式の前には、花びらを散らした聖水を頭からかけて、心身を浄化します。バスタブにバラやハイビスカス、フランジパニなどの花を浮かべたフラワーバスは、インドネシアのスパで人気のメニュー。たくさんの花びらに身を浮かべると、何とも贅沢な気分になりますが、実は、そのバックグラウンドには、長い伝統の浄化の思想が潜んでいるのです。

500本ぶんものバラの花びらをバスタブに浮かべた、贅沢なフラワーバス。「アヤナリゾート&スパ バリ」のスパ・オン・ザ・ロック。★
500本ぶんものバラの花びらをバスタブに浮かべた、贅沢なフラワーバス。「アヤナリゾート&スパ バリ」のスパ・オン・ザ・ロック。★

寺院やヒーラーから始まったマッサージ

  仏教国であるタイでは、古来、寺院がコミュニティの中心としての役割を持っていました。そこでは、布教のほかにも、治療としてマッサージや薬草を用いた癒しが行われていました。タイ式マッサージは、「二人でするヨガ」とも呼ばれ、筋肉の凝りをほぐすストレッチに、「セン」と呼ばれる全身を流れるエネルギーの経路を刺激する施術。タイ式マッサージの総本山は、バンコクの著名な観光地でもあるワットポー寺院にあり、ここでは、タイ式マッサージの資格を取ることができるほか、観光客でも気軽にマッサージを受けることができます。

温めたハーバルボールで筋肉をほぐす施術は、タイに行ったらぜひ試してみたいトリートメント。
温めたハーバルボールで筋肉をほぐす施術は、タイに行ったらぜひ試してみたいトリートメント。

  また、かつて寺院では、サウナのような温浴設備で、薬草を用いて体を温める治療も行われていました。現在のスパに備わるハーバルスチームバスは、その伝統を受け継いだもの。木綿の布に刻んだハーブを包み、それを蒸しあげてやはり「セン」に沿って押し当ててゆくハーバルボールも、かつては寺院で行われていた施術です。タイ語では、ルーク・プラコップと呼ばれるハーバルボールは、体を温めて、プラナと呼ばれる気の流れを良くし、自然治癒力を高めるとされています。

 フィリピンの「ヒロット」も、伝統療法のマッサージ。かつては、特別な家系に口伝されてきた施術で、ヒーリングパワーを有した手で人々の体に触れ、身体の歪みを正し、血行を良くしてエネルギーを整え、自然治癒力を増すとされます。現在の「ヒロット」は、リラクゼーションの要素も取り入れた現代的なマッサージに仕上げられています。

音で癒され、ムエタイでストレス解消

  民間療法に端を発するアジアンスパは、健康に対する西欧の考え方やノウハウと融合しながら発達してきました。近年は、ウェルネスに対する意識の高まりの中で、単に心地よいだけではなく、より深いリラックス、よりアクティブな体験を提供するスパが増えてきています。

 近年、人気が高まっているのが、「音」によるヒーリングとも言えるシンギングボウル。元々は、チベット仏教の仏具に発している金属製のボウルは、専用スティックを用いて叩くと、揺らぎのある何とも心地の良い響きを奏でます。ボウルのふちをなぞるようにスティックを動かすことで、さらに深みと広がりのある音が発せられます。独特の音の波長が、体の中の水分と共振して心地よさを作り出すとも、音が脳疲労を癒すとも言われ、施術の後は体も頭もすっきりとする心地よさが得られます。

 寝転がった人の周りに大小幾つものシンギングボウルを置いて、倍音を響かせ、全身を豊かな音で癒す施術もあり、人気のメニューとなっています。

シンギングボウルは、最近のアジアンスパでよく見かけるようになったアイテム。★
シンギングボウルは、最近のアジアンスパでよく見かけるようになったアイテム。★

 ヨガやレイキなど、能動的に体を動かすアクティビティもスパメニューに増えてきました。タイでは、格闘技の一種であり国技に指定されているタイ式キックボクシング「ムエタイ」にトライできるスパもあります。専門のインストラクターが基本的な動作や技術を教えてくれるので、ビギナーでも気軽にチャレンジできます。思いっきりキックやパンチをすると、体がほぐれるのと同時にストレスを解消してくれて、気持ちよし!

 

「ザ・ペニンシュラ・バンコク」での、ムエタイ&ホリスティックボディマッサージのプログラムから。
「ザ・ペニンシュラ・バンコク」での、ムエタイ&ホリスティックボディマッサージのプログラムから。
「ザ・フォーシーズンズ・バンコク・アット・チャオプラヤーリバー」にはスパ内に、ムエタイのリングが備わっている。★
「ザ・フォーシーズンズ・バンコク・アット・チャオプラヤーリバー」にはスパ内に、ムエタイのリングが備わっている。★

 民間療法に基づきながらも、時代によりどんどん進化するアジアンスパ。アジア各国に旅したら、ぜひその国ならではの癒しを体験してみたいものです。

 

 

文 : 坪田三千代 (Michiyo Tsubota)

写真:  岩間 幸司 (★は坪田三千代)

 

 

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