海がウェルネスになる
タイ南部カオラックで体験する「サーフセラピー」

タイ国政府観光庁(TAT)は近年、「ヘルス&ウェルネス・ツーリズム」に力を入れています。自然や地域文化、食、人とのつながりを通して、旅を心身を整える時間にする取り組みです。そのひとつとして南部・カオラックで展開されているのが、海に入り、波と向き合う「サーフセラピー」。今回、TAT主催のファムトリップに参加し、実際に体験してきました。

2026.09.24

海で整える ─ タイが始めた新しいウェルネスの試み

「タイのウェルネス」と聞いて思い浮かぶのは、瞑想やヨガ、スパ、あるいはウェルネスを前面に打ち出したリゾートが多いかもしれません。静かに呼吸を整え、心を内へ向けていく、いわば「静」のウェルネスです。

今回、タイ国政府観光庁が提示したのは、そこへ「動」を加えたウェルネスでした。海に入り、波と向き合いながら心身を整えていく「サーフセラピー」です。

背景にあるのが、2026年に掲げるコンセプト「Healing is the New Luxury(癒やしこそ、新しいラグジュアリー)」。カオラックのサーフセラピーは、その考え方を形にした取り組みの一つです。

筆者はタイに暮らしながらも、海へ行く機会はあまり多くなく、「セラピー」や「ウェルネス」という言葉とは、どこか遠い存在でした。

そんな筆者が今回、タイ観光庁のファムトリップに参加し、実際にサーフセラピーを体験しました。

「癒やしのために海へ入る」とは、どういうことなのか。

サーフセラピーとは何か?

やってきたのは、カオラックのメインビーチ。筆者にとっては人生初のサーフィンですが、今回は「セラピー」としてのサーフィンを体験します。海へ向かい、まずはインストラクターのレクチャーを受けることになりました。

訪れた8月は雨季の真っ只中。空は晴れていましたが、波は強く、海水も濁っていました。インストラクターによれば、「10が最悪なら、今日は7くらい」のコンディションでした。

 

「まずは純粋にサーフィンを楽しもう」そう思いながら、講習を受けました。

サーフセラピーというからには、従来のサーフィンとは違う特別な方法があるのかと思っていましたが講習はいたって普通です。

初心者向けに、ボードの立ち方や安全対策を中心にレクチャーを受けます。海ではインストラクターが付き、パドリングはしません。まずは波に押してもらい、ボードの上に立つことに集中します。

海に入ると、サーフボードが波に引っ張られ、波が全身に打ちつける。穏やかに見える海でも、サーフィンは想像以上に体力を使います。

この時点では、「癒やし」を感じる状況ではありませんでした。

「とにかく意識するのは、慌てずにボードに立つこと。目線はビーチへまっすぐ」

インストラクターの指示を受け、何度も波に挑みます。失敗して海へ落ちては、またボードに乗るを繰り返します。

なぜ、それが「セラピー」なのか

何度も波に挑み、ボードの上に立つ。サーフィンは、初心者でもその難しさと面白さを体感できるアクティビティです。波に乗っている間は無心になりますが、それは頭を空っぽにして「整う」というより、初めてのサーフィンでボードに立つことに集中している状態でした。

この時点ではこれを「セラピー」と呼ぶのは無理があるように感じていました。 海から上がった後に残ったのは、心の静けさというより、軽い筋肉痛です。

結局、「なぜサーフィンがセラピーなのか」という問いへの答えは見つかりませんでした。

そこで、タイ国政府観光庁の担当者に直接聞いてみました。

担当者によると、サーフセラピーの目的は、サーフィンの技術の上達ではありません。波と向き合うことで生まれる集中や、インストラクター、仲間との関わりを大切にしています。

一般的なサーフィンでは、技術の上達が一つの目標になります。一方、サーフセラピーでは、同じ「波に乗る」という体験でも、そこに至るプロセスに目を向けます。

ここで、初日の講習がいたって普通だった理由が見えてきました。

特別な乗り方があるわけでも、うまく波に乗ることがゴールでもない。まずは安全に海へ入り、波と向き合う。

サーフィンそのものが「セラピー」なのではなく、海の中で何に意識を向け、誰と時間を共有し、そこで何を感じるのか。サーフィンは、あくまでその体験のための手段なのです。そう考えれば、サーフセラピーという言葉の意味も見えてきます。

ただ、心身を整えるだけなら、波はどこの海にでもあります。なぜ、カオラックなのでしょうか。

サーフィンは入り口にすぎなかった

東南アジアでサーフィンといえば、インドネシアのバリ島が有名です。同行したサーフ歴の長い参加者によると、波のコンディションだけを比べれば、カオラックはバリには及ばないといいます。

タイ国内でも、サーファーに知られているのはむしろプーケットで、 カオラックは、ほんの数年前まで一部の人しか知らない場所でした。ここ数年で道が整備され、タイ人の姿も増えてきたそうです。

では、なぜカオラックなのか。旅全体を振り返ると答えが見えてきます。

体験したのは、サーフィンだけではありませんでした。リゾートのプールに浮かんで行うフローティング瞑想、森を歩く森林浴、滝に打たれるヒーリング。そして、地元の食材を使ったファーム・トゥ・テーブルの食事。

森を歩く森林浴プログラムにて
森を歩く森林浴プログラムにて
カオラックのリゾートにて。フローティング・瞑想。
カオラックのリゾートにて。フローティング・瞑想。

サーフセラピーにおいて、サーフィンは目的ではなく、自然と自分をつなぐ手段のひとつなのです。だからこそ、波の質だけが重要ではありません。

今回訪れた8月は雨季にあたり、波は初心者に最適とは言えないコンディションで、波が穏やかになるのは10月ごろからだそうです。それでも、サーフィンに限らずさまざまな体験を組み合わせることで、年間を通じて「整う旅」を届けることができます。

そして、それを可能にしているのがカオラックという土地です。波と向き合った翌日には森を歩き、滝の水を浴び、地元で育った食材を味わう。疲れた体をリゾートで休める。こうした体験を一つの旅として組み合わせられる環境そのものに、カオラックならではの価値があるように思いました。

「Healing is the New Luxury(癒やしこそ、新しいラグジュアリー)」。タイ国政府観光庁のコンセプトが、ここで実感できます。日常やデジタルから少し離れ、静かな環境で自分に意識を向ける。その時間が、贅沢な旅のかたちのひとつなのです。

海だけではない「カオラック」というウェルネス

カオラックは、ナイトライフや華やかなエンターテインメントの街ではありません。静かな海と森があり、時間がゆっくり流れる場所だからこそ、動いて、休んで、自分を整えるという旅が成り立ちます。

「タイで整う」場所は、寺院やスパだけではありません。南部の海には、体を動かし、自然の中へ入ることで整える、もう一つの入り口がありました。

 

 

 

 

 

文・写真:伊藤良二

タイ在住のライター、ブロガー。バンコクを拠点にタイ各地を取材し、旅行、文化、ローカルの暮らしを発信。

運営するタイ旅行メディア「タイ一択」では、現地取材をもとに、観光スポットや街歩き、ホテル、グルメなどの旅行情報を紹介している。

タイ旅行メディア「タイ一択」

取材協力:タイ国政府観光庁

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