古き街に新しい息吹
バンコク・ヤワラート周辺が生むカルチャーの現在

バンコク最大の中華街ヤワラート周辺に広がるタラートノイとソンワート通りは、パンデミック以降、バンコクで最も旬なカルチャースポットのひとつとして注目されています。バンコク建都期から続く華人商業地と倉庫街の歴史を土台に、古い商家や倉庫を生かしたリノベーションが進み、カフェやギャラリー、作り手の仕事場が街に点在するようになったことが背景です。

 

古い街並みに現代アートの感性が重なるタラートノイとソンワート通りで、いまのバンコクの街歩きを楽しみましょう。

 

2026.01.19

タイ華人が作った川沿いの商いの街

タラートノイとソンワート通りがある一帯は、バンコクが首都として形を持ち始めた時代から、川沿いの商業地として発展してきました。18世紀末、チャオプラヤ川沿いに最初の港が置かれ、中国から渡ってきた華人商人たちがここに定住します。

タラートノイは、タイ語で「小さな市場」を意味します。川から荷が揚がり、米や乾物、布、薬草などが取引される商人の街でした。近くには中国寺院だけでなく、ポルトガル人が建てた教会やモスクも残り、多民族が行き交う港町として独特の空気が育まれていきます。

ホーリー ロサリー教会 / Holy Rosary Church
ホーリー ロサリー教会 / Holy Rosary Church

その西側を走るソンワート通りは、19世紀末、ラーマ5世の時代に整備された交易の大通りです。蒸気船による貿易が盛んになると、この通り沿いには倉庫と商店が並び、バンコク有数の物流拠点となりました。現在も残る細長いショップハウスや古い倉庫は、当時の商業都市の骨格です。

20世紀後半になると、港と商業の中心は別の地区へ移ります。タラートノイとソンワート通りは役割を終え、街は静かになりました。しかし再開発で壊されることはなく、古い建物と路地がそのまま残ります。この「取り残された街並み」が、後に新しい価値を生みます。

転機となったのが2010年代後半です。タイのデザイン拠点TCDC(Thailand Creative & Design Center)が近くに移転し、周辺一帯が公式のクリエイティブ地区に指定されました。バンコクデザインウィークなどのイベントが開かれ、古い倉庫や商店が展示やカフェとして使われ始めます。

築100年以上の建物を改装したヴィンテージカフェ。アルティージア デザート & カフェ / Arteasia Desserts & Cafe
築100年以上の建物を改装したヴィンテージカフェ。アルティージア デザート & カフェ / Arteasia Desserts & Cafe

歴史ある建物を壊さず使う街。家賃が比較的安く、川と中華街に近い立地。タラートノイとソンワート通りは、若い作り手にとって仕事と表現の場を作りやすい場所となります。

いまこのエリアが持つ空気は、偶然ではありません。タイ華人が築いた商業のインフラと、多文化が交わった街の記憶が、そのままカルチャーの器として使われているのです。古い倉庫や商家は、過去の名残ではなく、現在進行形の舞台になりました。

路地に残るタラートノイ

タラートノイの魅力は、路地に入った瞬間に分かります。大通りのヤワラートとは違い、細い道の両脇に古い家や倉庫が残り、街の時間がゆっくり流れています。

この辺りには、かつて川の港で荷を扱っていた商人の家や倉庫が今も多く残ります。木の扉や古い看板、使い込まれた壁が、タラートノイが商いの街だったことを静かに伝えています。

近年、この古い建物を生かしたリノベーションが進みました。古い倉庫がカフェやギャラリーに変わり、路地の奥には作り手の仕事場や小さな店が並びます。外観は昔のまま、中は今の感性という建物が多く、街全体がひとつの展示のようです。

中華系の富裕層が1797年頃に建てた邸宅。現在はカフェになっているソー ヘン タイ マンション
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アンティーク家具と骨董品、古代遺跡を思わせる装飾が特徴のカフェ:ホン・シェン・コン / Hong Sieng Kong
アンティーク家具と骨董品、古代遺跡を思わせる装飾が特徴のカフェ:ホン・シェン・コン / Hong Sieng Kong

 

タラートノイでよく目にするのが、建物の壁に描かれた大きな絵です。華人の歴史や港町の記憶を題材にした壁画が路地ごとにあり、歩くたびに違う表情を見せてくれます。古い街に現代アートが重なり、ここならではの風景が生まれました。

カフェで休みながら路地を歩き、また次の角を曲がる。その繰り返しが、タラートノイの楽しみ方です。観光地として作られた場所ではなく、昔からの暮らしの中に新しい表現が入り込んでいるため、街そのものを感じながら歩くことができます。

歴史と創造が響くソンワート通り

ソンワート通りは、チャオプラヤ川に沿って走る古い商業の道です。1890年代、ラーマ5世の時代に整備され、蒸気船による交易が広がると、ここはバンコク有数の商業集積地となりました。輸入雑貨や食品を扱う倉庫と商店が並び、川と街をつなぐ重要な通りでした。

いまも通り沿いには、当時の姿を残すショップハウスと倉庫が続きます。その中に、近年カフェやギャラリー、バーが入り、古い建物の中で新しい表現が生まれています。

この動きを後押ししたのが、2022年に立ち上がった「Made in Song Wat」です。通りの若手事業者たちが連携し、ソンワート通りの価値を発信するための商工会として活動を始めました。イベントや企画を通じて、通り全体を一つの場として見せる動きが広がります。

こうした流れは海外にも伝わりました。2023年、ソンワート通りは世界的な旅行誌『Time Out』の「世界で最もクールな近隣」ランキングで39位に選ばれています。港町の商業通りが、創造の街として再評価された瞬間でした。

アートギャラリーのような空間にタイ伝統の高床式家屋を移築しているカフェ FV Cafe
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日本人夫婦が営むカフェHugs Songwatは一際人気のあるスポット
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倉庫と商いの歴史を持つこの通りに、いまの作り手と客が集まります。ソンワート通りは、過去のインフラの上に、現在のカルチャーが重なる場所として、静かに存在感を強めています。

クリエイターが継ぐ街

タラートノイとソンワート通りは、ただ古い街が残った場所ではありません。華人商人が築いた川沿いの街が、いまのクリエイターたちに受け継がれ、新しい表情を持つ場所として生き続けています。ヤワラート周辺は、バンコクが過去と未来をつなぐ街であることを、静かに教えてくれます。

 

 

文・写真:伊藤良二

タイ在住のライター、ブロガー。
バンコクと周辺の街を歩き、都市とカルチャーを取材。
運営ブログ「タイ一択」で、ヤワラート周辺やタラートノイ、ソンワート通りの取材記事も発信。
https://runbkk.net

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