おいしい“恐竜の卵”ってなんだ?
フィリピン・ボホール島に伝わる”幻の塩”

フィリピン中部ビサヤ地方に位置するボホール島は、真っ白な砂浜が続く美しいビーチやミステリアスな絶景「チョコレートヒルズ」、世界一小さいメガネザル「ターシャ」などが有名なフィリピンでも指折りの観光地。そんなボホール島でつくられる塩に今アジアのスターシェフが注目しています。

2023.05.10

「フィリピンのボホール島だけで造られているこの塩が絶滅の危機にあります」

そんなメッセージと共に届いた一枚の写真。…ナンダコリャ? 正直「フィリピンに製塩所がありその塩がなかなかおいしい」と聞いた時は「そりゃそうでしょう」と驚くことはありませんでした。だってフィリピンといえば7000以上もの島からなる国。周り囲むのはあの透明感抜群の海だらけなのですから、そりゃ塩だっておいしかろう。

ところが。一般的に「塩田」と聞いて想像するイメージとはまったく異なるこの見た目。奇抜なビジュアルから”恐竜の卵”と呼ばれていると言うのです。もう俄然興味がわきました。

ボホール島で生まれ育った家族が、代々で細々と受け継いできた伝統的な製塩技術。それこそが「ティブオック塩」でした。作り方はこう。

1) 廃棄するしかなかったココナッツの殻を、海水を引き込んだ水槽で3カ月間漬け込み、乾燥させてから燃やして灰にする。

2)ココナッツの灰をフィルターとして、何度も海水を注ぎ塩分濃度を上げていく。

3) 素焼きの壺を並べた鉄板にろ過した海水を注ぎ入れ、薪で高温加熱して水分を飛ばして形を整える。

つまり”恐竜の卵の殻に見えた部分は、製塩する時の高温度帯に耐えられる土でできた壺だったのです。

先ごろ発表されたレストランランキング、2023年版「アジアのベストレストラン50」で再会を喜ぶジョルディさん(右/42位・サステナブルレストラン賞)と川手さん(7位・ミシュラン二つ星)
先ごろ発表されたレストランランキング、2023年版「アジアのベストレストラン50」で再会を喜ぶジョルディさん(右/42位・サステナブルレストラン賞)と川手さん(7位・ミシュラン二つ星)

塩としてのクオリティは高い。けれども南国フィリピンで薪を燃やしながらの製塩はハードな労働なうえ利益も低く、製塩業を継承する人はだんだんと減り、しまいには一家族だけの家業となっていました。2016年にはスローフード協会による「味の箱舟(Ark of Taste)」に登録されています。

そんな状況を知人から聞き「この塩を守りたい」と立ち上がったのが、フィリピンのトップシェフ「トーヨーイータリー(Toyo Eatery)」のジョルディ ナヴァラ(Jordy Navvara)さんです。ジョルディさんいわくこの塩は「ココナッツ由来のフルーティさと製法過程で纏うスモーキーな香りがあり、料理に使うだけでなくデザートにも合う」とか。

この塩のすばらしさを知ってほしいと、料理人仲間である日本のトップシェフ「フロリレージュ(Florilege)」の川手寛康さんを”カリナリー大使”としてフィリピンに招きました。

フィリピンを代表するファインダイニングで、”フーディーズ”と呼ばれる、世界各地を飛び回ってその土地の最高峰のレストランを食べ尽くすような人たちを魅了している「トーヨーイータリー」では、「ティブオック塩」をメインデザートのフレーバーとして提供。あえてそのままの形を活かし、サービススタッフが丁寧に取り扱い、ゲストの目の前でまるでトリュフを削るように恭しく削りかけます。

「自分がつくったものが、こんなに有名なシェフに大切に扱われて、おいしい料理になってみなさんに喜んでいただける。そのうえ日本のスターシェフがわざわざ足を運び、私たちの塩を評価してくださった。つくり手としてこれほど嬉しいことはありません」と生産者一家。ジョルディさんをはじめフィリピンの料理人たちの働きかけもあり、製塩業を復活させようという動きが起きているそうです。

ジョルディさんを案内役に、川手さんはフィリピンのさまざまな食文化を体験。伝統料理である仔豚の丸焼き「レチョン」を焼き、それを軍隊式の食事法(手で食べる)「ブードルファイト」スタイルで食べたり。ボホール島の人気シェフから、紫イモの仲間のような根菜「ウベ」の調理法を習ったり。周辺の海や海岸で取れる海藻や軟体動物など珍味にチャレンジしたり。ボホール島に生息する大きな陸ガニに罠を仕かけたり。

外国人のトップクラスの料理人の視点から食材や料理を見ることで、ボホール島の料理人や生産者に大きな刺激となった一方、訪れた川手さんも「見知らぬ食文化を経験することで、自分の料理も幅が広がると思う」と言います。

実はフィリピンは、ASEAN諸国の中でもその歴史的背景からオリジナリティに溢れた食文化を誇る美食デスティネーション。目ざとい”フーディーズ”たちは、おいしい料理を目指してフィリピンを訪れています。ボホール島を訪れたらぜひ観光と共に食も楽しんでくださいね。

 

Toyo イータリー Toyo Eatery
フロリレージュ Florilege

text・photo / 江藤詩文 shifumy

フィリピン
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